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● 「もののけ姫」サンの文化
「もののけ姫」サンの容姿や装束には謎が多い。
第一に、朱塗りの土面である。何故、戦闘時には土面をつけるのか。
古来より仮面には神がかりの意味がある。つまり、仮面は人間が素顔たる本性を隠して、神や悪霊・妖怪に変身する願望を示したものなのだ。
土面本体の形状は縄文晩期に作られた土偶や土面に似ている。強いて言えば、「木菟型土偶」に良く似ている。これは、丸いボタン型の目・口を有するミミズクのような顔の土偶である。鼻は額から続くわずかに隆起した線で表現されている。
日本には、鬼・天狗・猩々など赤い仮面が数多くある。赤は、怒りの表情や酒酔いの表情など、頭に血が上った状態を示す色でもある。
サンの土面は、狼族を意味する白髪と耳を携えており、背中にも白毛皮を背負っている。これは、狼族の証でもあるのだろう。
その風貌は、秋田県男鹿半島に伝わる「生剥」にもどこか似ている。ナマハゲは、森から来た鬼が女子供を脅して食物を奪うという奇習である。
仮面をかぶって動物に仮装する風習は多い。熊に仮装した踊りをする風習がアイヌやシベリアのオチャスク族にあると言う。獅子舞や鹿踊りもこの類ではないか。いずれも狩や稲作の豊穣を祈り、災疫を防ぐものと言われる。
これらの諸要素から、サンの土面や装束は、人間としての本性を捨て、怒れる狼神に変身したことを示すと思われる。
第二に、顔三ヶ所に刻まれている三角型の朱の入れ墨である。
三世紀前半の日本を記したとされる『魏志倭人伝』には、「朱丹を以て其の身体を塗ること」という記述が見られる。古代日本では朱の入れ墨が盛んであったと思われる。女性を型どったと言われる縄文晩期の土偶には、顔の頬を縦に流れる模様が刻まれているものが多い。それらは、疫病封じや成人儀礼など、重要な呪術的意味があったと思われる。
また、アイヌ女性には口の周りを赤く染める入れ墨の風習があった。含意は異なるだろうが、その姿はポスターなどで使われた口の周りを血まみれにしたサンを彷彿とさせる。
宮崎監督はサンについて以下のように記している。
「少女は類似を探すなら縄文期のある種の土偶に似ていなくもない」(『もののけ姫』企画書)
サンの入れ墨にも、土偶と同様に呪術的意味があると思われる。
第三に、短刀や首飾りやイヤリングなどのアクセサリーである。
短刀と首飾りは形状と色から判断して、狼族の牙や骨で作られていると思われる。縄文時代の遺跡からは、「骨角器」と呼ばれる鹿角や猪の骨を加工した鏃・銛・釣針などが多く発掘されている。
アイヌは、「マキリ」と呼ばれた鉄の短刀であらゆる物を加工した。アイヌは、鹿角と獣骨に彫刻を施し、短刀の柄や鞘、装飾品を作り出している。また、イヌイットにも、セイウチの牙を加工する文化がある。
イヤリングは金属か貝か石か牙製だろうが、大きな丸い形状は、古代の装飾品に多い。木菟型土偶にも、丸いイヤリングを付けたものがある。『蝦夷島奇観』などを見ると、アイヌにも白色に輝く丸い金属製イヤリングの風習があったらしい。
祖先の牙や骨を身につけることには、サンにとって一族の力を借りるという霊的な意味もあるのだろう。槍や短刀の刃元に刻まれた赤いV字型文様も、顔の入れ墨と同じく呪術的意味があると思われる。
靴は一枚皮で足を包んで紐でくくるようなものらしいが、アイヌにも魚の一枚皮を加工した靴をはく習慣があったと言う。
他、ヘアバンドや腕輪、ノースリーブのシャツとワンピースらしき衣服(靭皮か)なども自分で作ったものと思われるが、どのようにして製作技術を学んだのか(あるいは盗品か)は不明である。
これら装飾品の加工・製作技術や干肉などの食料加工技術は、育ての母であるモロの君が教えたものと思われる。人語を解する動物神であるモロは、人間の文化にも精通していたのであろうが、何故わざわざ人語を教え、人間的衣裳を身につけさせていたのか、多くの点に疑問は残る。
森で獣に育てられたと言う実在の「狼少年」や「狼少女」は、一様に四本足で歩き生肉を喰らう獣そのものであったと伝えられるが、サンは通常二足で歩行し、四足は非常時だけと思われる。人間と拮抗するだけの独自の文化を身に付けているのだ。
この点について、以下、強引な解釈を試みる。