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 雫の心象風景?  天気の演出の妙技など

 まず、私が1番気になったのは「耳をすませば」の、エピソードごとに変わる天候の変化でした。
 場面場面の空模様も、さりげなく雫の心象風景を表していているように思えたからです。


 物語の冒頭。快晴。
 雫が向原団地から休校中の学校へ出かけるとき、空は清々しく晴れ渡り、空には飛行船が浮かぶ。「今日は何かいいことありそう!」 夏の朝の日差しもやさしく、外に出れば何かが起こりそうな気分。実際、この日雫は初めて聖司と出会う事になるのです。
 雫が私立図書館へ父の弁当をもって、ブタ猫ムーンの誘いで地球屋を見つけ、2度目に聖司と出会う日も晴でした。


 ところが、雫が杉村から「好きだ」と告白され、「鈍いのは自分じゃないか」と落ち込んだ後の天気は、どんよりと曇った空で激しい雨です。雫の心の中もどしゃ降りで、傘をさして学校へ走る雫は、心の中でも傘をさしているかのようでした。
 天気の合間をぬって3たび出かけた地球屋の前で、雫はブタ猫ムーンに「私ってかわいくないよね」とつぶやきます。


 聖司が雫を教室から呼び出した日。この日も外はまだ雨がザーザー降っています。ところが、2人が屋上に上がると、いつのまにか雨がやみ、雲の間からもれだす日差しが、天気の回復を思わせてくれます。すこし晴れ間が見えて来た。それはそのまま雫の心情を表しているかのようです。
 「虹がでるかしら?」と雫は言いますが、さすがにわざとらしく虹は見せてくれません(ここで虹を出したら話が続かないし、ラストの朝日もかすんでしまったでしょう)。


 アニメーションは天候をも自在に演出出来る。
 当たり前の事ですが、短い時間の中でキャラクターの心情と風景と天候が1体になって、何の違和感もなくここまで見事に表現されてしまうと、もううまく騙してくれたとしか言いようがありません。

 さらに私は、「耳をすませば」の季節の移り変わりを見事に表現した画面作りと、日常生活の場である団地や学校や駅前の風景の存在感にとにかく圧倒されました。
 雫の日常的な生活範囲は、団地・コンビニ・学校・図書館などの往復ですが、中学生の行動範囲って確かに家と学校周辺の、ほんとに限られた空間なのです。その日常的空間をあそこまでリアルに、実際にあの街を私たちが歩いているかのように描き出した苦労は並大抵のものではなかったと思います。 


 狭い団地の雑然とした部屋の中や台所、共同の勉強部屋に2段ベット。テレビ・冷蔵庫・電子レンジ・洗濯機(あ、汐姉さんの下着姿はラッキーだったかもQ)。どこの家庭でも見られる家電製品。
 あと、今の中高生のいる家庭に普及しているもので、1つだけ無いものがありませんでしか?
 それは、ファミコン(ゲーム機)です。
「雫はファミコンをやらない少女なんです?」とは宮崎氏は語ってませんが、意図的に出さなかったんじゃないでしょうか。私は最近ゲームしない人になったのですが、雫がファミコンに熱中している姿なんて、やっぱりあまり見たくないですね。